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死とは。刀は人生を考えさせてくれる。

【永遠に続くものなんてないから、大事にしたくなる。】

身内のことで、少し気になることが起きたけど……。

大丈夫だと思う。

去年、父方のおじいちゃんの死を通して

人が死ぬ。

というのはこういうことか。

と実感したんだよね。

お葬式なんて15年ぐらい?なかったし

子供だった私には「死」が

なんなのかよくわかってなかった。

感情を抑圧しまくってた私は

母方のおじいちゃんが亡くなった時も

何が悲しいのかわからかなった。

泣くこともなく。

ただただ、火葬とかのなりゆきを見てた。

なんで泣いてないんだ!

って母親に言われたけど

どうしたら涙が出るのか

わからなかった。

素直に感情が出せていれば

大泣きしたのかもしれない。

数十年経って

その時の未完了の想いを

おじいちゃんの死をもって

完了させることができた。

こんなにも悲しいことなんだと。

悲しいという感情を

深く感じることができた。

私達も例外なく毎日、死に向かっているんだよな。

毎日、命を削りながら生きている。

そう考えると

無駄にできる時間なんて

何ひとつないって思うよね。

私たちは物じゃないから寿命がある。

必ず終わりが来る。

よくある問いで

明日死ぬとしたら何をする?

1年後に死ぬとしたら何をする?

っていうのがあるけど。

いつ何が起きるかわからない。

本気で向き合ってみるのもいいかもしれない。

――――

活撃のほうも、どうなるのか心配な展開が続いてるけど。

審神者には「どんなことが起きても受け止める器」も

必要なのかなって。

刀剣が破壊されるという事態になって

つらくない人はいないと思う。

だけど私は

その感情にずっと支配されているのは

よくないと考えてる。

悲しいことも乗り越えて

今の自分に何ができるか?

を考えて前に進むことをやめないこと。

これって大事じゃないかなって。

削っている命を何に使うのか。

悲しんでばかりいて

壊れていった刀が報われるのか?

とか考えちゃうよね。

人の姿になって、感情というものを持って。

自分の意思で選択すること、決めることもできる。

彼らが何を想い、どう動くか。

見守りながら、待つしかない。

審神者としては出来る限り

みんなの意思は尊重したいと思う。

それでも、「ダメなものはダメ」な時もある。

起きた事実そのものを変えようとするのはダメだ。

でも、起きた事実に対する解釈はいくら変えたっていいと思ってる。

というのが私の考え。

というか、私自身そうしてきたから。

悲しい出来事、つらい出来事。

たくさんあったけど

どういう解釈にするのかは自分次第。

自分で決めれるから。

遡行軍とか歴史を変えようとする奴らも

自分の都合が良いように解釈を変えたらいいのにな。

と考えることがある。

そもそも、変える必要などなかったと。

そんな風に考えてくれることはないのか?

なんて考えてみたり。

もし、仮に戦う必要がなくなったら。

その時には何が起こるんだろう。

審神者も刀剣男士も不用になってしまったら。

あるべき姿に戻る……?

いずれにせよ、いつか別れの時は来るんだよね……?

逢えてよかった、と。

笑いながら別れることができたらいいよね……。

なーんて。

家にある刀は大事にする。ずっと。

2ヵ月ぐらい前に「戦わない」と決めた時から

刀を抜かないことも決めてある。

使えるようにすることもできるけど。

あえてそうしないと決めた。

その話も刀にしたことがある。

それでも嫌でなければ

私について来て欲しい、と。

それで、なんだかんだ今も一緒にいる。

正国も兼さんも

私がたぶん2回目?の人生の谷に

落ちかかりそうな時から

一緒に居た刀だからね……。

これからも居てくれないと私が困る!

刀のない生活なんて考えられない!

なんというか。

私が刀を抜く時は、本当に危ない時

なんじゃないかって思う。

使うってことは何かと戦う時だ。

使われることがないまま終わって欲しい。

なーんて、そんなことまで考えて

みちゃったりなんかして(*’▽’)

こういうこと考えるの好き、なんだよね。

こんな世界観が私の中にはあったりする。

どこまで表現しきれるかわからないけど

やれることはやってみたいと思うんだ。


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